50プラス起業ネットワーク石川の
セミナー参加者と
50プラス起業ネットワーク石川のセミナー参加者が集うお茶サロンを主宰されている麻津子さんとの会「麻津子のお茶サロンMAK」のメンバーで、
五箇山の合掌造りの見学に行って来ました。
今後もこのような会を計画しています。
まずは、二つの天保義民の碑からスタート
一つ目は、金沢駅西中央公園
※左側の写真
江戸時代の三大飢饉の一つ「天保の大飢饉」における天保9(1838)年、石川郡の西念新保村、下安江村、南新保村の村役たち15人が28ヶ村を代表して、加賀藩に年貢米の減免を嘆願しました。
ところが、潘は村役たちの嘆願を強訴と断じ、村役15名を牢獄に投じることになりました。獄中で5名が死亡し、残る10名は出牢を許されたものの、持高・家財のすべてが没収され、その家族113(計123)名と越中五箇山へ9年間、流刑となりました。
後の明治30年、勝海舟がこの事件の真相を知り、天保義民とたたえ記念碑の碑文を大書され、碑が金沢駅近くに建立されました。その後、この地に移されたものです。
二つ目は、五箇山
流刑先の五箇山の天保義民の碑は、今回見学をさせていただいた麻津子さんのご主人の生家・住まいの羽馬家に隣接する神社の境内にあります。
五箇山の合掌の家に到着
国の重要文化財に昭和33年指定された合掌造りの羽馬家は、
五箇山にある合掌造りのといっても、菅沼合掌造り集落や相倉合掌造り集落とは別の地区にあり、観光用としてではなく、住まいとして今も利用されていらっしゃいます。
山から水を引いて作られた池
ご主人が釣ってこられたイワナやアメンボが泳ぐ自然に満ちた池も目的は、雪を解かすためと聞き、冬の厳しさを感じました。
萱の下は麻
萱葺の屋根の下の白い色の層は、麻と聞いてびっくりしました。
お茶サロンの主宰者である麻津子さんの御主人が囲炉裏に炭をおこしてお招きをいただき、合掌造りの建物での生活と養蚕の歴史について、見学をさせていただきました。
合掌造りでは、1年中、囲炉裏に炭をおこすそうです。
これは、建物の保護ためだけでなく、夏は温められた空気が天井から外へ流れ、建物の横から風が入るため火をおこした方が涼しいことを教えてもらいました。
昔は、綿ではなく麻が衣類に利用されていたとのことで、そのために麻が栽培されていたそうです。
養蚕や農業道具に感嘆!
2階には、養蚕や米作りに利用された道具が残されていて、はじめて見るものや利用方法に、メンバーからの感嘆の声が聞かれました。
小さな子供を入れてる「つぶら」という籠を知りました。
子どもを置いて外出をするため、籠の下には砂をいれてお漏らしをしても大丈夫なように、さらに紐籠から出て囲炉裏に落ちないように紐でしばっていたそうです。